「受動的な我慢」と「能動的な我慢」
「我慢は大切だ」とか「今時の子は我慢が足りない」とか言われることがあります。しかし、この「我慢」にも、心の成長にとってプラスになる我慢とマイナスになる我慢とがあるようです。
「受動的な我慢」というのは、自分としては全く納得できないのに、従わざるを得ない力によって屈服する形の我慢です。この場合、表面的には従順に振舞いながら、心は内に引き籠ってしまいます（⇒「心の鎧」）。
「能動的な我慢」というのは、自分としても納得して行う我慢です。これは、葛藤を内包する力となります。何故なら、願望の即時充足を求める「我慢したくない！」という気持ち（原体験心性に由来します）と納得して我慢しようとする気持ちがそこで葛藤することになり、その「葛藤」という体験に慣れることが「葛藤を内包する（内に抱える）力」につながるからです。 |
「未熟なプライド」と「成熟したプライド」
世間ではよく「プライドを持て」と言うかと思えば「プライドを捨てよ」とも言います。「どっちやねん？！」と思わず大阪弁で言いたくなるかも知れませんが、言うまでもなく前者と後者とでは「プライド」の意味内容が微妙に異なっています。
フロイトは、リビドー（彼は何かに向かう愛着／性愛のエネルギーのようなものを想定して「リビドー」libidoと呼んでいました）が対象に向かわずに自分自身に向いている状態を「ナルツィスムス」Narzismus（「ナルシシズム」narcissism：これも「自己愛」と訳されます）と呼ぶ一方で、人間の性愛的発達が、未だ全体的な「自己像」を持つ以前の部分対象的な「自体愛」の段階から自己像への「自己愛」を経て「対象愛」に向かう、と定式化していました。しかしその後、アメリカにコフートKohut,H.という精神分析家が現れて、「自己愛」には「自己愛」独自の発達ラインが存在することを明らかにしました。それは、未熟な「原始万能感幻想」からより現実的な自信や自負心、自尊心そしてプライドといったものに至る経路です。
「プライドを持て」と言われる場合の「プライド」はこの「成熟したプライド」を指していると言えるでしょう。そして「プライドを捨てよ」と言われる場合の「プライド」は未熟な万能感幻想としての「プライド」を指しているのでしょう。
ここまではきっと大方の読者に御了解頂けるお話だと思うのですが、ややこしい事に、かの仏教で捨てるべきとされている「我執」と呼ばれるものがあります。これは「我」即ち「自己」への執着なのですから即ち「自己愛」に他ならないと思われるのですが、それにはどうやら「成熟したプライド」も含まれるようなのです。なかなか奥が深いですね。 |
「孤立」と「独立」
両者とも、その当人が「孤独である」という点に於いては同じでしょう。しかし、「孤立」は「周囲の他者と適切な関係を持てないこと」であり、「独立」は「周囲の他者と不適切な関係を持たないこと」ですから、全く違っています。この違いは恐らく対人的スキルなどの問題ではなく、「孤独を抱える能力」（お馴染みのウィニコットWinnicott,D.W.は「一人でいる能力」capacity to be aloneと呼んでいます）の問題だと思います。
ではその「孤独を抱えること／一人でいること」は如何（いか）にして可能となるのでしょうか？ウィニコットはそれを「一人でいながら一人ではない時」と逆説的に表現しています。それは、自分の中に「支えとなる友好的な内的対象が確立された時」というような意味のようです。対象関係論的にはそういう図式になるのですが、「支えとなる友好的な内的対象」と言うのでは、それはあくまでも「ほどよい養育環境」の産物であり、所詮は幻想の一つに過ぎません。辻は更にそれをhomeに引き寄せて「主体的な自己が確立された時」と言っています。この「主体的な自己」は養育環境の問題から自由になった自分であり、それは決して幻想ではありません。
そしてその時、「孤独を感じている自分」は「確立された主体的自己」と共にあるので、もはや一人ではないわけです。
孤独を自分の中に抱えることができないと、周囲の他者にすり寄ってしまうか、逆に初めから引き籠って本当に「孤立してしまう」ことになりがちです。
孤独を自分の中に抱えることができて初めて、人は他者と適切な距離をとり対等な関係を持つことができます。それこそが「独立している」ということでしょう。
２００７年５月２３日毎日新聞（夕刊）７面「中島岳志的アジア対談」で詩人谷川雁（1923-95）の「連帯を求めて孤立を恐れず」という言葉が紹介されていました。全共闘の落書きで有名だった言葉だそうです。
この言葉の後半の「孤立を恐れず」は、前半の「連帯を求めて」と不可分でなければなりません。そうであってはじめてこの言葉は「周囲の他者と不適切な関係を持たないこと」即ち「独立」の精神を表します。逆にそうでなければ、「周囲の他者と適切な関係を持てないこと」を正当化するだけの言葉になってしまうでしょう。 |
「できない」と「しない」
「義(ぎ)を見てせざるは勇(ゆう)無きなり」という言葉があります。これは孔子の言行を記した『論語』の「為政」篇にある言葉で、「人として当然行うべきことと知りながら、それを実行しないのは勇気がないからである」という、なかなか厳しい箴言（しんげん）［戒めの言葉］です。
これと似たものに「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」という有名な言葉があります。江戸時代の米沢藩（山形県）藩主上杉鷹山（うえすぎ ようざん）という人の言葉だそうです。（小学校の頃に誰かが言って、一時仲間内で流行（はや）ったのですが、誰の言葉かは私もつい最近まで知りませんでした。）努力の尊（とうと）さを説いた名言ではあるのですが、この言葉にも功罪があるようです。そのマイナス面は、「やれば何でもできる筈（はず）だ」という精神主義ひいては万能幻想につながっていることです。
「できな」くても「しな」くても、目に見える結果は同じようです。ここでこれらの対象について考えてみましょう。例えば「嘘（うそ）をつくこと」はどうでしょう。
「嘘をつけない」と「嘘をつかない」とでは、どちらも結果的に嘘は出現しないのでしょうが、かなり意味が違ってきます。「嘘をつけない」というのは実は「まだ自立した自分だけの世界（home）が成立していない」ということを意味します。それに対して「嘘をつかない」というのは、つこうと思えばつけるという自由性の中で「つかない」ということを選ぶ、という極めて自律的で倫理的な選択です。
次にこの「できない」と「しない」とに、「人として当然行うべきこと」を当て嵌めてみましょう。
「人として当然行うべきことができない」という場合にはそこに何か探るべき事情があることになります。他方、「人として当然行うべきことをしない」というのであれば、その結果に対する責任を免（まぬが）れることはできないでしょう。
さて、私達は日々の臨床で多くの「できない」に出会います。その「できない」は多くの場合、その時点のそのご当人にとっては真実だと思います。決して嘘ではないと思います。何故なら、そのような方々は「嘘がつけない」からです。しかし、より大きな視点から見ればそれは真実ではなくなります。真実はやはり「しない」のだと思います（勿論、明らかな身体的ハンディキャップなどがあれば話は別ですが）。
私達臨床家の仕事は、この「できない」と「しない」の間に立って、「できない」事情を共に探りつつ、そうすることでクライエントのhomeを成立せしめ、その結果、実は「しない」に過ぎなかったのだ、と言えるようにすることだ、と言えるかも知れません。 |
「自虐」と「謙虚」 （2008.05.20改訂）
両者は「自分というものや二者関係へのこだわり」という点で決定的に異なっています。
まず「自虐」の方は、「自分を虐（いじ）める」という形で自分というものにこだわり、かつ同じように自分を非難すると想定された他者に同調することで、その他者との決別を回避しようとしています。その場合の「他者」とは、実は蒼古的迫害的超自我（幻想的な迫害的対象、このHPで言う「心無い対象」）に他なりません。それは原体験心性によって色づけされた心的対象であり、原体験心性の化身でもあります。
これに対して「謙虚」の方は、一旦自分というものへのこだわりを無にした上で他者の意見を傾聴しまずは受け容れる態度で、相手との関係がどうなるかは二の次のお話です。つまりそれは本来、自分というものや二者関係へのこだわりを超越した、第三者的な道理の次元に開かれた態度です。
例えば、〈 戦後の日本の歴史教育が「自虐史観」に基いている 〉という非難の場合、恐らく日本の国策や軍事行為に関し、客観的な事実に照らして必要以上に問題の責任を引き取り過ぎている、と言いたいのでしょう。つまり、そこで争われるのは、ただ単に「問題の責任を引き取り過ぎか否か」ということです。
しかし、「客観的な事実」などというものは実は存在しません。あらゆる事物は視る人の視座によって異なってしまうのです。ですから、この問題で真に重要な事は「自虐かそうでないか」ということではなく「謙虚かそうでないか」ということの筈です。 |
二つの「判断」
「判断」と言うと、「好き/嫌い」を連想する方がかなりおられるのではないでしょうか？でもそれは、「自我の機能としての判断」ではありません。「好き」とか「嫌い」というのは、「判断」というよりもむしろ「習慣化され自動化された反応」に近いでしょう。そして通常、「好きなものはすぐに欲しい」「嫌いなものは絶対拒否」という絶対的で妥協の余地の無い気持ち（即ち、エス＝原体験心性）に支配されています。
「自我の機能としての判断」というのは、このようなエス＝原体験心性の絶対支配を離れてしっかりと外的現実を踏まえ、「何が本当に大事な事なのか」を考えることです。更に言えば、考えるだけではまだ本当の「判断」だとは言えません。本当の「判断」は行動に結びつくものです。行動に結びつかない「判断」は、善い悪いは別として、通常どこかでエス＝原体験心性に従属しています。 |
「プライヴェート（私的）」と「パーソナル（個人的）」
両者は幾分重なる意味合いを含んではいますが、「関係」という言葉をくっつけて「プライヴェートな関係」と「パーソナルな関係」と言ってみれば、その差は歴然とするでしょう。「プライヴェートな関係」は端的に言えば「排他的２者関係」を意味しています。それに対して「パーソナルな関係」は「パブリックな３者関係に開かれている２者関係」と言えばよいでしょうか。
精神療法/カウンセリングに於いては、多くの場合「パーソナルな関係」が期待されています。転移‐逆転移の精神力動はしばしば治療関係を「プライヴェートな関係」の方へ強力に押し遣ります。だからと言って、そうなることを警戒するあまり、マニュアル化されたいわゆる「職業的態度」に徹していては真の変化は訪れないでしょう。恐らく、うまくいっている治療というものは、「プライヴェートな関係」「パーソナルな関係」「職業的関係」の三つの間を微妙なバランスを保ちつつ（しばしばヨタヨタしながら）進んで行くものなのでしょう。 |
「我が儘身勝手」と「パーソナリティ障碍」
この二つが「全く違う」と言える貴方は、精神科臨床のプロフェッショナルです！
どちらも原体験心性に支配されている、という点では共通しているのですが、大きく異なる点があります。
それは、「我が儘身勝手」と言って意味があるのは、そう言われている当人にそれを自分の「部分」として受け止めて考えるだけの「自分」が存在している場合であるのに対して、「パーソナリティ障害」の場合には、そのような「自分」が未だ十分には存在していない、という点です。
この事をご了解頂けましたら、パーソナリティ障碍（～精神病）の方々に「我が儘」だの「身勝手」だのと言って責めることが全く建設的ではなく如何に非治療的であるか、ご理解頂けるでしょう。 |
「自責」と「後悔」
患者さんが病理的（＝原体験的）心性に支配されて何らかの「失敗」をしてしまった時に、治療者はしばしばその患者さんに「内省」という名の反省を求めます。
かつて「反省だけなら猿でもできる」という皮肉なコピィがありましたが、企業でもお役所でも不祥事が発覚する度（たび）に頭を下げる組織トップのパフォーマンスを見ていると、まぁそうも言いたくなりますね。治療者が患者さんに求める反省は勿論そういうパフォーマンスではありません。それは貴重な「洞察」を得る前提となる、「生じた事実をありのままに見る」という態度のことです。それは、うまく行けば「同じ失敗を繰り返さない為の対策」を考えることにつながります。
しかし、これはなかなか苦痛を伴う営みです。「苦痛というネガティヴなものは回避し遠ざける」という原体験心性に基いて、失敗というものは誰でもできれば一刻も早く忘れてしまいたいものです。それでもなお苦痛な反省を求められると、人は自分を責めだします（自責）。
「自責」は一見反省につながるようでいて、実はつながりません（従って当然、何の対策ももたらしません）。他方の「後悔」は「後悔、先に立たず」とは言われますが、反省そして対策につながります。
どうしてでしょうか？
筆者が思うには、「自責」の場合は、何らかの失敗によって「自分が責められる」のですから、「失敗」を受け止めるべき主体そのものが攻撃され消されてしまっています（away化）。それに対して「後悔」は、何らかの失敗が「自分が受け止めるべきもの」という処（home）に位置づけられています。
「失敗」という苦痛な辛い体験をどう扱うかという点に着目してクライン-ビオンの概念を使えば、こうも言えるでしょう。即ち、「自責」は妄想-分裂（Ps）ポジションの営みであり、「後悔」は抑鬱（D）ポジションの営みである、と。
（この項目執筆に伴って、既述の‹「自虐」と「謙虚」›を若干訂正しました。）
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「羨望」envyと「嫉妬」jealousy
日常言語としては両者は「ねたみ、そねみ、しっと」というほぼ同じような意味で用いられていますが、精神分析界に於いては両者はきちんと区別されています。色々な言い方があるでしょうが、筆者は次のように定式化しています。
「羨望」envy ＝ ２者であることが許容できず、１者になろうとする欲動（感情）
「嫉妬」jealousy＝ ３者であることが許容できず、２者になろうとする欲動（感情） |
「うつ」と「鬱病」
裏のページ『うつ＆躁鬱』のところでも触れていますが、「うつ」であるのが「鬱病」ではなく、「うつ」を拒絶しているのが「鬱病」です。「うつ」と「鬱病」とは正反対の位置にあるのです。詳しくはこちらをご覧下さい。 |
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これは、